サウジアラビアとの出会い
— 2015年、まだ閉ざされていた王国で —
はじめまして。本日より隔週で、私がこれまで関わってきたサウジアラビアおよび中東地域でのビジネスについて、現場目線で発信してまいります。第1回は自己紹介を兼ねて、私とサウジアラビアの出会い、そして今の私のビジネスの原点となった2015年から2017年の駐在経験についてお話しします。
三菱商事入社、そして石油化学部門へ
私が三菱商事に入社したのは2011年です。配属されたのは石油化学部門。日本の素材・化学産業を支えるナフサや基礎化学品のトレーディングを担当する部署でした。
石油化学という産業は、その性質上、原料供給国との関係が事業の根幹を成します。中東、とりわけサウジアラビアは世界最大級の石油化学プロダクトの輸出国であり、私たち商社マンにとっては避けて通れない地域でした。入社して数年が経った頃、私はサウジ駐在の機会を得ます。2015年のことでした。
2015年のサウジアラビア — 今とはまったく違う光景
「最近サウジに行ってきたよ」という声を最近よく耳にします。NEOMのきらびやかなプロモーション映像、リヤドで開催される国際的なeスポーツ大会、エンタメシティ「Qiddiya」の建設ラッシュ、そして女性ドライバーの存在 — 今のサウジアラビアは、世界中のビジネスパーソンが注目する開放的な国です。
しかし、私が駐在を始めた2015年のサウジは、まったく違う国でした。
店にはシングルセクションとファミリーセクションがあった
レストランやカフェに入ると、入口が二つあります。「シングルセクション」は単身男性用、「ファミリーセクション」は家族または女性のみが利用できるスペース。間にはパーティションが設けられ、男女が同じ空間で食事をすることは原則できませんでした。
女性は仕事も運転もできなかった
サウジアラビアで女性に運転が解禁されたのは2018年6月。私が駐在していた頃、女性は自分で車を運転することができず、通勤も買い物も男性の親族か運転手に頼るしかありませんでした。女性の就労機会も極めて限られており、街中で働く女性の姿を見ることはほぼありませんでした。
お祈りの時間にはシャッターが下りる
イスラム教徒は1日5回、メッカの方角に向かって礼拝をします。サウジアラビアではこの礼拝時間になると、ショッピングモールも、コンビニも、レストランも、いっせいにシャッターを下ろします。10分か15分、街全体が静止する。買い物の途中だろうが、レジ待ちの列に並んでいようが、関係ありません。これが当時のサウジの当たり前でした。
街中で写真を撮ることはできなかった
公共の場所で写真を撮ることは厳しく制限されていました。観光地でうっかりカメラを構えると、警察に呼び止められることも珍しくありませんでした。
そして、テロのリスクと隣り合わせの日常
時はイスラム国(IS)の全盛期です。サウジ国内でも自爆テロが繰り返し発生し、私たち駐在員の社用車は防弾・防爆仕様でした。出張時のホテル選び、会食場所、移動ルート — そのすべてに、安全上の判断が伴っていました。
これが2015年から2017年の、私が経験したサウジアラビアです。
日本人会に閉じこもらず、ローカルに飛び込んだ
駐在員生活には、ある種の「型」があります。日本人会のコミュニティに属し、日本人駐在員同士で食事をし、週末は日本人家族で集まる。海外赴任のストレスを和らげる意味で、これは決して悪いことではありません。
ただ、私は意識的にその外側に出るようにしていました。
ローカルのサウジ人ビジネスマンに会いに行く。アラビア語のレストランで彼らとシーシャを吸いながら何時間も話す。週末の彼らの家族の集まりに招かれる。ラマダンの夜、イフタール(日没後の食事)を共にする。文化や宗教について率直に質問し、率直に答える。
当時はそれが「商社マンの仕事」とは認識されていなかったかもしれません。しかし、私はそれこそが商社の本来の機能だと思っていました。情報、関係、信頼 — これらは会議室では生まれないからです。
そうして築いた人間関係が、今の私のサウジ・中東ビジネスネットワークの礎になっています。当時20代だった彼らは、今では政府関連機関の幹部、大手ファミリービジネスの後継者、新興企業の創業者として、それぞれの場所で意思決定権を持つ立場になっています。
商社マンの「機能」が薄れていないか
最近、現役の商社マンと話をする機会があると、少し気になることがあります。
駐在員が、現地の日本人コミュニティの中だけで完結している。社内会議と日本人会の往復で一日が終わる。ローカルの人脈はせいぜい取引先の窓口担当者だけ。これでは、本来商社が担うべき「情報」「橋渡し」「ディール創出」という機能が薄れてしまうのではないか。私はそう感じています。
もちろん、これは個々の駐在員の問題というより、商社という組織のあり方そのものに関わる問題です。安全管理、コンプライアンス、ローテーション人事 — さまざまな制約の中で、現地に深く入り込むことが構造的に難しくなっているのも事実だと思います。
なぜ私は独立を選んだのか
中東諸国の企業は、日本企業との取引を強く望んでいます。日本ブランドの信頼、品質、ものづくりの精神 — これらは中東のビジネスパーソンの間で本物の評価を受けています。
一方で、日本企業は動きが遅い。意思決定に時間がかかり、稟議が下りるまでに数か月、契約締結まで一年以上ということも珍しくありません。中東のビジネススピードに対して、日本の組織のリードタイムはあまりにも長い。
逆に言えば、ここに大きな機会があります。
動きが速い日本人 — それだけで、中東では希少価値があるのです。私はその「速さ」と「現地ネットワーク」を武器に、商社という大きな組織の枠を離れて独立する道を選びました。それが今の私のビジネス、Amrex Partnersです。
これからの連載について
次回以降、隔週でサウジアラビアと中東情勢、中東の魅力、訪れるべき場所、そしてビジネスの実務について、現場で得た一次情報をベースにお届けしていきます。
中東進出を検討されている経営者の方、現地でのビジネス経験を深めたい商社・メーカーの方、そして単純に「変化するサウジ」という地域に興味のある方 — 皆様にとって、何かしらの示唆となる連載にしてまいります。
どうぞよろしくお願いいたします。